地下鉄の車両になぜ窓があるのか
地下鉄は地下のトンネルのなかを走る。だから地上を走る電車のように、窓から外の光を取り入れる必要もないし、窓があいていても見えるのはコンクリートの壁だけだ。そんな地下鉄の車両になぜ窓があるのだろうか。同じようにコンクリートの筒の中を上下するエレベーターには窓は無い。最近のビルの外壁に取り付けるエレベーターは後部に展望用の窓が大きく開いていたりするけれど、これは目的が違う。本来外を見る必要のない、見てもトンネルの壁しか見えない地下鉄の車両に窓があるというのはどういうわけか、その理由を考えよ。
これは、普段疑問とも思っていない事柄にあえて疑問を抱いて、創造力を鍛えようという講義で出された設問だそうだ。答えはいろいろあった。代表的なものは、駅に着いたことがわかるように、だとか、窓がないと不安になるから、とか、プラットホームから電車の中の混み具合がわかるように、とか、換気のために必要だから、などというものである。だがこれらは皆、本質をついていない、と講師は言う。
講師が認めた、一番秀逸な答えというのは、こうだ。
「地下鉄というものができる前から、鉄道はあった。そこを走る車両には、窓があるのが当たり前であった。人々の頭の中には鉄道の車両というものは窓があるものだという既成概念ができあがっていた。だから地下鉄ができて、地下のトンネルに走らせることになったとき、なんの疑いも持たずに、窓を持つ車両の形態をそのまま踏襲して持ち込んだのだ」
この回答は、たしかに一理あるようにみえる。しかし、地下鉄発達の歴史的な背景を全く考慮していないし、窓の物理的、心理的な機能についての観点からも考察が不十分な分析としか言えないように思われる。だいいち、地上の鉄道に窓があるのを当たり前と決めつけるところからして、客観性を欠き思いこみを述べるだけものとなってしまっている。
地上を走る車両に窓がある理由は、乗客の利便と快適性を確保するために光を取り入れることと、外部の状況確認や観覧展望の要求から窓を設けることが必須の条件だ、ということだ。だからその必要のない貨物車、家畜車などには窓はない。
地下鉄の歴史はイギリスで始まった。鉄道の建設がはなやかかりし19世紀の中頃、すでに建物が密集していたロンドンの市街地に鉄道を通すため、地下を利用しようというアイデアが実行されたのだ。これは 1834年に開通したテムーズトンネルをヒントにしたものだという。しかし、この鉄道は1863年の開業から1905年に電化されるまで蒸気機関車が使用されていたため、駅構内は密閉された地下空間ではなく、天井がない吹き抜け構造だったし、路線の一部も掘割になっていた。つまり、現在のように最初から地下トンネルの中だけを走る純粋な地下鉄ではあり得なかった。ここにまず、地下鉄の車両が地上車両と同じ構造を持つ起源がある。
現在でも、たとえば東京の丸ノ内線は四谷駅や後楽園駅、銀座線は渋谷駅で地表に出、あろうことか地上高架でJRの上をまたいで走っていたりもするし、札幌地下鉄などはかなりの部分が地表を走る。その他、大阪の御堂筋線に限らず地表を走る鉄道と直通乗り入れしている地下鉄はごく一般的と言って良いくらいである。このように地表を走ることが普通に求められる環境条件下で窓のない車両を採用することなど、感覚的にも機能的にも考えられない。なべて、設備や機械装置の構造は必要性があるからこそ、そうなっているのである。
また、最初に講師に陳腐な発想だと一蹴された、「駅についたことがわかるように」という答えは、十分に納得できるもののはずだ。電車が停止したとき、もし窓が無かったとしたら、乗客は車両の内部にいる限り、路線のどの部分にいるかを物理的に知ることができない。乗客は、車両が停止したこととドアが開くことによって、はじめて駅に着いたことを知る事になる。ということは、車両が停止してもそれがトラブルで停止したのか、駅について停止したのか、わからない。窓ではなく、モニター標示などで知らせることができるという意見があるかもしれないが、そんなものは電気的な故障があったら役には立たない。直接外部を視認できる構造が一番確実だ。
また、窓は緊急時の脱出口としての意味合いもある。そのような用途まで考慮するとしたら、窓ほど都合の良い構造物はない。ようするに窓もしくは窓に変わる機能を持たない車両はフェイルセーフという観点からも明らかに欠陥品だといえる。窓がなければ構造は強固になる。あえて強度を落としてまで窓をつくっている理由はここにあると言っても良い。
そんなことより、なによりも、人間は窓のない車両のような密閉した狭い空間を本能的に嫌うものだ。ましてや外界の様子を把握することもできずに狭い空間に閉じこめられたまま高速で様々な方向に加速度を感じながら運ばれることを想像して欲しい。閉所恐怖症であろうがなかろうが、その不快感、恐怖感は並大抵のものではないはずだ。
じゃあ、エレベーターはどうなのだ、ということになるが、あれももともとはオープンなスタイルが基本だった。ヨーロッパのホテルなどでは今でも檻のような構造のオープンなエレベーターが普通に動いている。今のように密閉式が一般的になったのは、乗降時や稼働時の事故を防ぐためと、より多くの人間を一度に運ぶために大型化するにあたって構造を強固にする必要があったからだ。
同時にその運行を内部から電気的に制御したりモニターする機構が整備されたことも密閉式のエレベーターの普及に一役買った。そのスタイルが一般化して小型のエレベーターも窓なしの箱型のものが普通になってしまったが、最近は犯罪防止や開放感の要求からドア部に窓が取り付けられたものも見られるようになってきている。
窓から何も見えないということを、意味がないと判断することは間違いだ。そこには何もない、という情報がある。窓からトンネルの壁が後方に流れていく様子を見て、地下鉄が正常に走っていることを確認し、外側からエレベーターの窓を除いて、異変が起きていないかをチェックする。内と外を直接視覚的につなぎ、情報を伝達する窓の存在は必要不可欠なものと言って良い。
つまり、直接的、物理的に外界をモニターすることができないような、窓のない密閉された空間の方が構造として異例なのだ。その証拠に、エレベーターでトラブルが合った場合の利用者の精神的ストレスは尋常ではないことも良く伝え聞かれる。
これで、最初に引用した、地下鉄は地下のトンネルを走るから窓はいらないのではないか、という問いがいかに表面的な事象のみをとらえた底の浅いものであるかがわかったことと思う。飛行機になぜ窓がいるのかとか、地上を走る列車になぜ窓が必要か、事務所になぜ窓が必要なのか、などとほとんど同じレベルの思考だ。
物事の一面だけを切り出して、その理由を観念的にとらえて新たな視点から分析したり議論したりすることは、たしかに面白く役立つことかもしれないが、この場合はあまりにも例が悪すぎる。設問も評価された回答もあまりにも陳腐に過ぎるというものだ。このような議論をすることが、創造的な発想をするきっかけになると主張するのは、あまりにも安易で甘い考え方ではないだろうか。
私が、同じ設問を与えられたとしたら、まずは窓の効用をしっかりと分析しその必要性を機能面から客観的に論じた上で、「そこに外側があるからだ」とでも答えておこうと思う。


地下鉄って、利用したことあるかなぁ。
あるような、ないような。
だから、トンネルでイメージしていますが、
地下鉄だと、どんななんだろう。
ずっと、同じ景色で、風景が変わる楽しみもなさそうだけど、
やっぱ、外をみて、
何かしら、考え事はしているような気もして。
走っていることを、視覚で確認して、
きっと、無意識に、
「時間」をカウントしているような気もします。
どれだけ進んでいるか。そんな感じ。
密閉された空間だと、
体内リズムが狂いそうな感じもするし。
エレベーターだと、
わずかな時間だから、異常はきたさないと思うけど、
地下鉄のように、ある程度まとまった時間を、
密閉された空間にいると、
おかしくなりそうな、そんな感じがします。
外があるから窓を作るという理由もだけど、
体内時計のためでもあるかな?
投稿: くま | 2007年2月 5日 (月) 20時30分
なるほど、体内時計という解釈もありますね。不安感というか、そういうものかな?
じっと本を読んでいたり、寝ていたりしたら関係ないかもしれません。
船の場合は窓の無い船室もありますからねえ。
投稿: skt48 | 2007年2月 5日 (月) 21時31分
考えはそれぞれだとは思いますが,
>また、最初に講師に陳腐な発想だと一蹴された、「駅についたことがわかる
については本当でしょうか?
私はその講師の本を読んだことがあるのですが,その本では「陳腐な発想」というような強烈な表現はされてなかったかと思うのですが.
少なくとも私はそういった印象は受けませんでした.
投稿: kinu | 2007年2月 8日 (木) 21時33分
kinuさん、こんばんは
>考えはそれぞれだとは思いますが,
はい、まさしくそのとおり考えはそれぞれだと思います。それゆえに、このような作文をしてみたということですね。
この講師の提唱する創造性というのは、こういうところから生まれてくるものではないでしょうか?これを否定するのは、創造性という概念に自らタガをはめる愚をおかすことになるでしょう。
さて、問題の「陳腐な発想」という言葉は、かの講師がさぞ言いたかったであろうけれど、その権威ある指導的立場上あえて避けざるをえなかったとおもわれる表現を、端的に代弁させていただいたものと認識しております。
投稿: skt48 | 2007年2月 8日 (木) 22時14分